自分志向を特質にするミージェネレーションが台頭し、多種多様な個人的な生き方、感じ方が開花した60年代後半から70年代は、生き方の自由化が進み、社会に根付いていた既成の常識を打破していったことでも注目されます。実際、それまでの社会では認められなかった生き方が出てきます。「同棲」はそのひとつで、「同棲時代」(1972年)という上村一夫の漫画の影響もあって広がっていきました。ちなみにこの漫画は映画になり、歌謡曲にもなり、ブームをもたらしたものです。また、「未婚の母」もそうです。この生き方でミージェネレーションの共感を集めたのがエッセイストの桐島洋子さんで、1976年の著書『聡明な女は料理がうまい』は生き方を考えるうえでの名著として今も手元に置いてあります。
70年代に入って用いられるようになった言葉に「ニューライフスタイル」があります。これは既成の生き方にとらわれず、個人的な生き方を求めていく情況を背景に出てきたもので、ニューライフスタイルを探索し、それをマーケティングにフィードバックすることは、わたしが立ち上げた若者研究所の仕事でもありました。このようにニューライフスタイルと取り組んだ立場からすると、昨今のライフスタイルという言葉の使い方には違和感があります。ライフスタイルとは「その人の流儀、生活姿勢、所有物などによって、特徴的に表現された、首尾一貫した個人の生き方」ということなのですが、それを理解して使っている例は少ないと思います。多くが「ライフ」、あるいは「ウェイ・オブ・ライフ」(生活様式)といった意味で使っているようです。わたしは会議やセミナーでこの言葉を使う際には意味するところを簡単に説明するよう心がけています。
話が脇道にそれましたが、ライフスタイルのポイントは「個人的」であることにあります。そして需要創造においてもこうした個人的な提案による働きかけが重要になっていきます。「こんな生き方、生活はどうだ」といったバックグラウンドストーリーが聞こえてくる商品が生活者の心をとらえていきます。つまり、個人的な価値観・生活観・美意識への共鳴や賛同が購買を引き出す力になっていったのです。このようにライフスタイル提案は70年代を特徴づけるマーケティングスタイルになり、いくつもの注目事例を生み出していきます。1972年に発売されたホンダのシビックもそのひとつに挙げられます。この車には、市場におもねるのではなく、「作り手が自分たちの乗りたい車」を出す姿勢が感じられ、その点での意気投合がヒットにつながったと考えられます。
さて、個人的世界への共鳴や意気投合ということで触れておかねばならないのがブティックと呼ぶ業態です。ブティックのなかでも70年代に入って雨後の筍のように出てきたのがファッションブティックです。多くが小売業経験のない若者によるもので、従って大半が永続することなく消えていくことになるのですが、店が音楽やアートなどと同様に、個人的な価値観や美意識の表現のひとつになったということで画期的な意味があります。
小売業の歴史を振り返って、わたしが最も革新的な業態開発コンセプトのひとつだと思うのがブティックです。というのも、ブティックは、需要を汲み取って供給を行うそれまでの小売店の姿勢に対し、店主の美意識や価値観を語りかけ、そこから生活者の購買意欲を引き出していくもので、それがブティックの定義でもあるからです。ファッションブティックを考えてみると、売れ筋を追うのではなく、店主が自分の美意識に適うものだけを取り上げるのです。例えば無彩色の服だけといったように。わかりやすく言うと、「共感する人、この指とまれ」と語りかけるのがブティックで、そこで意気投合する人が顧客になるのです。整理すると、需要に対応するのではなく、提案によって需要を創造することに小売業学上の意義があり、ここが見逃してならないポイントなのです。
ちなみに、今日、ブティックをセレクトショップと呼ぶ傾向にあるようですが、それは本質を表現する呼称ではありません。セレクトは手法であって、重要なことは、熱い思いに根ざした、セレクトの尺度になる個人的な美意識や価値観の存在です。だからセレクトショップの多くは『セレクトタイプのブティック』と呼ぶべきでしょう。また、ブティックと聞けば小売業関係者のなかにも「しゃれた小さな専門店」を想起する人が多いのに驚かされるのですが、その本来の意味を理解しておいてほしいと思います。先ほどのニューライフスタイルと同じで、軽く使っている言葉にしばしば重い意味があるものです。
振り返ってみると、当時登場してきたブティックのなかで今なお元気に存続しているのがビームスです。観察していて感心するのが、ここが展開するいろいろな業態にはいずれにも個人的な世界観や美意識が軸になっていることです。であればこそ、ビームス・ジャパンのような業態を生み出せるのだと思います。「個人的な熱い思い」と「規模拡大を図る事業センス」を両立させるのはむずかしいことで、ブティックの精神で起業しながら、成長するにつれその精神を失っていった例はたくさんあります。その点でビームスは興味深い事例だと思います。
次回はもう少しブティックの話とその波紋の広がりについて考えてみることにします。
蔦川敬亮/禁無断転載